ISSの食卓に並ぶのは、銀色のパウチに入った正体不明のペーストだけではありません。トルティーヤに包んだ具材、フルーツ、コーヒー、カレー、そして日本の宇宙日本食まであります。では、宇宙飛行士は 毎日 何を 食べるのか。答えは「地上と似た食事を、宇宙仕様のルールで食べる」です。
ただし、ISSでは食べることもミッションの一部です。栄養不足は筋肉や骨の維持、集中力、免疫機能に影響し、長期滞在の安全性を左右します。好みの食事を選べる楽しさも、閉鎖環境で数か月暮らすクルーの心理面を支える重要な要素です。
宇宙飛行士は毎日何を食べるの?答えは「個別メニュー」
ISSに向かう宇宙飛行士は、出発前から自分の食べるメニューを選びます。朝食、昼食、夕食に加え、必要に応じて間食も用意されます。1日のエネルギー量は体格、性別、運動量、健康状態で変わりますが、地上で活動する成人と大きくかけ離れたものではありません。ISSでは毎日、トレッドミルやエアロバイクなどで運動するため、その分も考慮されます。
献立は「月曜日は必ずこれ」と全員で固定されているわけではありません。NASAやJAXA、ESAなどが準備する食品群から、各クルーの嗜好、アレルギー、宗教・文化上の条件を踏まえて組み立てられます。一方で、積載量、賞味期限、保管スペースには限りがあります。地上のように急にピザを注文したり、冷蔵庫を開けて生鮮野菜を取り出したりはできません。
たとえば食事の一例としては、朝にシリアルや卵料理、飲み物。昼にスープ、チキン、野菜料理。夜に米飯やパスタ、肉・魚料理とデザートを食べる、といった構成になります。メニューの国籍はさまざまで、米国風、ロシア風、日本風の料理が同じISSに集まることも珍しくありません。
宇宙食は「保存食」ではなく、生命維持システムの一部
宇宙食には、おいしさだけでなく、長期保存性と衛生管理が求められます。ISSへ食料を運ぶ補給船の打ち上げ機会は限られ、食べ物が傷んだから捨てる、という余裕はありません。そのため、宇宙食には複数の加工方法が使われます。
代表的なのが、フリーズドライ食品です。水分を抜いて軽くした食品に、ISS内で温水を注いで戻します。スープや一部の米飯、飲料などに向いています。加熱殺菌した食品をパウチに密封する「サーモスタビライズド食品」も多く、肉料理、煮込み料理、ソース類などで活躍します。
ほかにも、常温保存できるパン類やナッツ、ドライフルーツ、すぐ食べられるツナやクラッカーなどがあります。新鮮な果物や野菜が補給船で届くこともありますが、長くは持ちません。到着直後のクルーにとって、リンゴやオレンジ、トマトのような生鮮食品は特別なごちそうです。
食べる前には、食品パッケージをフードウォーマーで温めたり、専用の給水装置で湯を加えたりします。食事はトレーに固定し、パウチや容器も面ファスナー、クリップ、磁石などでテーブルに留めます。無重力では、ほんの少し手を離したフォークもスープの袋も、静かに漂い始めるからです。
パンよりトルティーヤが選ばれる理由
宇宙の食卓で有名なのがトルティーヤです。理由は意外に実務的です。一般的なパンは、食べると細かなパンくずが出やすく、機器の隙間や空気循環系に入り込むおそれがあります。ISSの内部では、浮遊する小さな異物も放置できません。
トルティーヤは比較的くずが出にくく、具材を包めます。ピーナツバターや肉、野菜、チーズなどをまとめて食べやすい点も強みです。宇宙食は未来的に見えても、採用の決め手は「故障を起こさず、安全に食べられるか」という工学的な判断にあります。
味が薄く感じる?無重力が変える食欲と味覚
ISSでは、宇宙飛行士が辛味のある調味料を好むことがあります。無重力環境では体液が頭部側へ移動し、鼻が詰まったような感覚になりやすいためです。風邪で鼻が利かないと料理の味が分かりにくくなるように、香りの感じ方が変わり、食事が淡く感じられることがあります。
そこで、ホットソース、わさび、しょうゆ、塩こしょうなどが重宝されます。ただし、液体調味料も普通の瓶では使いません。飛び散らない容器に入れ、少量ずつ扱います。塩やこしょうも粒が浮かないよう、液体に混ぜたタイプが使われることがあります。
味覚の変化には個人差があります。宇宙へ行けば必ず辛い物が好きになるわけではありません。また、長期滞在中に食べ飽きが起きる可能性もあります。だからこそ各国の料理を混ぜ、食感や香りに変化をつけ、クルーが自分で選ぶ余地を残すことが大切になります。
日本の宇宙日本食は、ISSの食卓をどう変えたか
日本には、JAXAが認証する「宇宙日本食」があります。日本の食文化を宇宙へ届けると同時に、長期滞在でのストレスを和らげる狙いを持つ食品です。認証された品目には、白飯、おにぎり、カレー、ラーメン、さばのみそ煮、羊羹など、日本の食卓になじみ深い料理が含まれます。
重要なのは、日本食なら何でも宇宙へ持ち込めるわけではない点です。微生物管理、保存性、包装の強度、無重力での扱いやすさなど、厳しい基準を通る必要があります。たとえば汁気の多い料理は、開封時や食事中に飛散しない設計が欠かせません。おいしさを再現するだけでなく、宇宙船の運用を妨げないことまで含めて宇宙食です。
日本人宇宙飛行士にとって和食は、単なる栄養補給以上の意味を持ちます。慣れ親しんだ味は、地球から遠く離れた環境で生活のリズムを取り戻す手がかりになります。そして国際クルーに日本の味を紹介する機会にもなります。宇宙開発は巨大な技術プロジェクトですが、食卓では文化交流がごく自然に起きています。
火星へ向かうなら、食事はさらに難題になる
ISSには地球から補給船が来ます。しかし、将来の火星探査では、必要な食料を数年単位で管理する可能性があります。長期保存で栄養や風味をどこまで保てるか、廃棄物をどう減らすか、水をどう循環させるかは、ロケット性能と同じくらい切実な課題です。
候補として研究されているのが、宇宙での植物栽培です。ISSでは葉物野菜などを育てる実験が行われてきました。すべての食事を宇宙農業で賄う段階には達していませんが、生鮮食品を少しでも加えられれば、栄養、食感、心理面の価値は大きいでしょう。
宇宙飛行士の食事を見ていると、宇宙開発は特別な人だけの遠い話ではなくなります。次にカレーやおにぎりを食べるときは、「この一口を、無重力で安全に、おいしく食べるには何が必要か」を想像してみてください。そこには、補給船、包装技術、栄養学、そして地球の食文化を宇宙へ運ぶ人々の仕事が詰まっています。
