宇宙マイクロ波背景放射 (CMB:Cosmic Microwave Background)
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、「宇宙最古の光」とも呼ばれる、宇宙全体に満ちている微弱な電波(マイクロ波)です。これは、約138億年前の宇宙誕生の瞬間であるビッグバンの「名残」あるいは「“こだま”」であり、ビッグバン理論を裏付ける最も強力な証拠の一つとされています。
概要
CMBが観測される理由は、初期の宇宙の状態と、その後の膨張が関係しています。
- 初期の宇宙 (〜38万歳まで): ビッグバン直後の宇宙は、超高温・超高密度の「火の玉」状態でした。このとき、物質は原子(原子核と電子)になれず、バラバラのプラズマ状態でした。光(光子)は、これらの荷電粒子(特に電子)にぶつかってしまい、まっすぐ進むことができませんでした。これは、濃い霧の中を進む光のような状態です。
- 宇宙の晴れ上がり (約38万歳): 宇宙が膨張するにつれて温度が下がり、約38万年後には絶対温度で約3,000度(3,000 K)になりました。この温度になると、電子が原子核に捕らえられ、中性の原子(主に水素原子)が形成されます。 これにより、光は電子に邪魔されずにまっすぐ進めるようになりました。この瞬間、宇宙は「晴れ上がった」のです。
- 現在のCMB: この「宇宙の晴れ上がり」の瞬間に放たれた光が、今も宇宙を飛び交っています。この光は、元々は約3,000 Kの高温の光(赤外線に近い)でしたが、その後138億年近くにわたって宇宙が膨張を続けた結果、光の波長が引き伸ばされました(赤方偏移)。 その結果、波長は元の約1,100倍にまで伸び、現在は非常にエネルギーの低い「マイクロ波」として観測されます。その温度は、絶対零度(-273.15℃)よりわずか2.7度高い「約2.7 K」になっています。
CMBは、空のどの方向からもほぼ均一にやってくるため、「背景放射」と呼ばれます。夜空の星や銀河をすべて取り除いたとしても、このCMBの光が宇宙全体を淡く照らしているのです。
【もっと詳しく】
CMBは、1964年にアメリカのベル研究所の二人の技術者、ペンジアスとウィルソンによって偶然発見されました。彼らは当初、アンテナの雑音(ノイズ)の原因を探っていましたが、空のどの方向に向けても消えないこのノイズが、実は宇宙全体から来ているCMBであることに気づきました。
CMBがビッグバン理論の決定的な証拠とされる理由は、そのエネルギースペクトルが「黒体放射」の理論値と完璧に一致したためです。これは、宇宙がかつて熱い火の玉であったこと、そして熱的平衡状態にあったことを示しています。
さらに重要なのは、CMBの温度が「ほぼ均一だが、わずかにムラがある(ゆらぎがある)」ことです。この温度のムラ(非等方性)は、約10万分の1程度というごくわずかなものです。 この「ゆらぎ」は、宇宙の晴れ上がりの時点での物質の密度のわずかなムラを反映しています。
このごくわずかな密度の「濃い」部分が、後に重力によって物質をさらに引き寄せ、星や銀河、そして現在の宇宙の「大規模構造」と呼ばれる銀河の泡のような分布を形成する「種」となったと考えられています。
COBE、WMAP、Planckといった宇宙背景放射観測衛星は、このCMBの温度の「ゆらぎ」を精密に測定してきました。特にPlanck衛星による最新の観測データは、宇宙の年齢(約138億年)、宇宙の膨張速度、そして宇宙の組成(通常の物質が約5%、ダークマターが約27%、ダークエネルギーが約68%)といった、宇宙論における最も重要な数値を高精度で決定するのに貢献しました。
■ 関連用語リスト
- ビッグバン (Big Bang)
- 宇宙の晴れ上がり (Recombination / Decoupling)
- 赤方偏移 (Redshift)
- 絶対零度 (Absolute zero)
- 黒体放射 (Black-body radiation)
- ゆらぎ / 非等方性 (Fluctuation / Anisotropy)
- COBE (コービー) (Cosmic Background Explorer)
- WMAP (ダブリューマップ) (Wilkinson Microwave Anisotropy Probe)
- Planck (プランク) (Planck satellite)
- ダークマター (Dark Matter)
- ダークエネルギー (Dark Energy)
