夜空を横切る国際宇宙ステーション(ISS)を見上げたとき、多くの人が抱く疑問があります。地球には強い重力があるのに、人工衛星は なぜ 落ちないのでしょうか。答えは意外です。人工衛星は、実は落ち続けています。ただし、地球へ落ちる速さと、地球の丸みに沿って進む速さが絶妙につり合っているため、地面にぶつからず地球を回り続けられるのです。
これは宇宙開発の基本であり、ISS、気象衛星「ひまわり」、GPS衛星、通信衛星、地球観測衛星を理解する入口でもあります。重力から逃げているのではありません。重力を利用して、地球の周りを飛んでいるのです。
人工衛星はなぜ落ちない?答えは「横向きの速さ」
人工衛星を地上から真上に投げたとします。最初は上昇しても、速度は重力によって次第に小さくなり、やがて地上へ落下します。では、真横に投げたらどうなるでしょうか。やはり重力で下へ落ちますが、投げる速度が大きいほど、落ちるまでに遠くへ進みます。
ここで地球が平らではなく丸いことが決定的に効いてきます。十分な高さから、十分に速く横向きへ進む物体は、地球へ向かって落ちながらも、その先の地面が同じように下へ曲がっていきます。衛星は地面に近づき続けるのに、地面には追いつかない。この状態が「軌道を回る」ということです。
ニュートンが考えたとされる「大砲の弾」のイメージが有名です。低速の弾は近くに落ち、高速の弾は遠くへ落ちる。さらに速くすれば、弾は地球に落ちず、地球を一周して発射地点の近くへ戻ってくる。これが人工衛星の原理です。
重力があるから軌道になる
「重力がない宇宙だから衛星は浮かぶ」という説明は、半分だけ正しく、半分は誤解です。ISSが飛ぶ高度約400kmでも、地球の重力は地上より少し弱い程度で、ほぼしっかり働いています。
ISSの宇宙飛行士がふわふわ浮くのは、ISS本体も宇宙飛行士も、地球に向かって同じように自由落下しているからです。床が体を支える場面がないため、重さを感じません。これを微小重力環境と呼びます。無重力は「重力ゼロ」ではなく、「落下しながら一緒に飛んでいる状態」と考えると理解しやすくなります。
軌道を保つにはどれほど速いのか
低い地球周回軌道(LEO)を飛ぶ衛星は、驚くほど高速です。ISSなら秒速およそ7.7km、時速では約2万8000kmに達します。東京から大阪までの距離を、直線なら1分もかからず進む計算です。
この速度が小さすぎると、衛星は地球の丸みに追いつけず、より低い軌道へ落ちていきます。反対に、速度が大きすぎると、より高い軌道へ移ったり、条件によっては地球の重力圏を離れたりします。ロケット打ち上げは単に高く上げる競技ではありません。狙った高度と向き、そして速度を、ほぼ正確に与える技術なのです。
衛星が円に近い軌道を飛ぶ場合、その高さに応じた「ちょうどよい速度」があります。一方、すべての軌道が真円ではありません。地球に近づく地点を近地点、遠ざかる地点を遠地点とする楕円軌道も多く使われます。月探査機や惑星探査機、静止トランスファ軌道を使う通信衛星では、楕円軌道が重要な役割を果たします。
高度が違えば、周回のリズムも変わる
低い軌道では地球を速く回ります。ISSは約90分で地球を1周するため、1日に約16回も日の出と日没を迎えます。天気予報に欠かせない気象衛星「ひまわり」は、赤道上空約3万5786kmの静止軌道にいます。この高度では地球の自転と同じ24時間で地球を1周するため、地上からはほぼ同じ場所に止まって見えます。
ただし、静止軌道なら何でも見放題というわけではありません。赤道の上空にしか配置できず、限られた軌道上の位置を国際的に調整する必要があります。また地球観測では、同じ地域を毎日ほぼ同じ時刻に通過する太陽同期軌道(SSO)が重宝されます。目的によって、最適な高度、傾き、周回周期はまったく異なります。
実際には、人工衛星は少しずつ落ちている
ここで重要な例外があります。地球周辺の宇宙空間は完全な真空ではありません。高度数百kmにはごく薄い大気が残っており、低軌道の衛星は空気抵抗を受けます。抵抗はわずかでも、長い時間では衛星の速度と軌道エネルギーを奪います。
すると衛星の軌道は少しずつ低下します。低くなるほど大気は濃くなり、抵抗はさらに増えます。最後は大気圏へ再突入し、多くの場合は高熱で燃え尽きます。つまり「人工衛星は落ちない」は正確には、「一定期間、軌道を保って落ちずに飛べる」が正解です。
ISSは高度を維持するため、定期的にスラスターを噴射する軌道上昇操作、リブーストを実施します。補給船やISS自身の推進系が使われます。燃料、推進能力、補給計画が必要になるため、宇宙ステーションの運用は物理だけでなく、国際協力と物流の問題でもあります。
小型衛星やCubeSatでは、推進装置を持たない機体も珍しくありません。その場合は、打ち上げ時に投入された軌道と太陽活動による大気の膨らみが、寿命を左右します。太陽活動が活発になると上層大気が膨張し、低軌道衛星の抵抗が増えることがあります。宇宙天気が衛星の寿命にまで関わるのは、宇宙開発の面白さであり難しさです。
「落下させる」ことも衛星運用の仕事
役目を終えた衛星を放置すれば、宇宙ごみ(スペースデブリ)になり、ほかの衛星や有人宇宙船との衝突リスクを高めます。高速で飛ぶ小さな破片でも、衝突時のエネルギーは非常に大きくなります。
そのため近年は、ミッション終了後の処分を設計段階から考えることが求められています。低軌道の衛星なら、推進装置で再突入へ向かわせる、空気抵抗を増やす装置を展開する、といった方法があります。静止軌道の衛星は大気圏へ落としにくいため、運用軌道より外側の墓場軌道へ移すのが一般的です。
ここには明確なトレードオフがあります。燃料を多く積めば長く軌道を維持でき、最後に安全な処分操作もできます。しかし燃料は重く、打ち上げ費用や搭載できる観測機器の量に影響します。衛星コンステレーションが急速に増える時代だからこそ、「打ち上げる技術」と同じ重さで「退役させる技術」が問われています。
地上から確かめるならISSを追ってみよう
人工衛星が落ちずに飛ぶ仕組みは、教科書の中だけの話ではありません。条件がよい夜なら、ISSは星より明るい光点として数分間、静かに空を横切ります。点滅する飛行機とは違い、ほぼ一定の明るさと速さで移動するのが特徴です。
見つけたら、「あの光は重力に引かれながら、秒速約7.7kmで地球の横を走っている」と想像してみてください。落ちないために重力から逃げるのではなく、落ち続けることで地球を回る。その一見逆説的な事実は、夜空をただの景色から、人類が使い始めた宇宙への入口へ変えてくれます。
