英語: Aerobrake / Aerobraking
惑星の持つ大気の抵抗(空力抵抗)を利用して、宇宙機の速度を落とし、軌道を変更する技術のことです。長い時間をかけて惑星を周回しながら、何度も大気の上層部に機体をかすめるように突入させ、徐々にブレーキをかけていくことで、燃料を大幅に節約できるという大きなメリットがあります。
この技術は、探査機が目的の惑星に到着した際の、最初の大きな楕円軌道から、観測に適した低い円軌道へと移行する際などに用いられます。ロケットエンジンを噴射して減速する代わりに、そこにある「大気」という資源を巧みに利用する、非常に効率的な航法です。ただし、大気圏に突入する際の摩擦熱(空力加熱)から機体を守るための設計や、大気の状態を正確に予測しながら精密に軌道を制御する必要があるなど、高度な技術が求められます。
これまでに、NASAの火星探査機「マーズ・グローバル・サーベイヤー」や「マーズ・リコネッサンス・オービター」などが、このエアロブレーキを成功させ、火星の周回軌道投入を効率的に行いました。
【もっと詳しく】
エアロブレーキは、宇宙機の軌道エネルギーを大気との相互作用によって熱エネルギーに変換し、運動エネルギーを減少させる軌道変更マニューバの一種です。具体的には、惑星を周回する楕円軌道の最も惑星に近い点(近点:Periapsis)の高度を、惑星大気の上層部にごくわずかに入るように調整します。宇宙機がこの領域を通過する際、希薄な大気分子との衝突によって空力抵抗(Aerodynamic Drag)が発生し、これがブレーキとして作用して宇宙機は減速します。
この減速効果により、軌道の反対側にある最も惑星から遠い点(遠点:Apoapsis)の高度が少しずつ下がります。このプロセスを数百回から数千回にわたって繰り返し行うことで、ほとんど燃料を消費することなく、遠点を目標の高度まで下げ、最終的に円軌道に近い軌道を作り出すことができます。
エアロブレーキを行う上で最も重要な課題は「空力加熱(Aerodynamic Heating)」の管理です。大気との摩擦によって機体の表面温度は急激に上昇するため、特に太陽電池パネルやアンテナなどの繊細な部分は、熱に耐えられるよう設計されている必要があります。また、惑星の大気の密度は、季節や昼夜、さらにはダストストームなどの影響で常に変動します。大気密度が想定より高いと、減速しすぎて機体にダメージを与えたり、最悪の場合は大気圏に再突入してしまったりする危険性があります。逆に密度が低いと、計画通りに減速できず、ミッション期間が延長してしまいます。そのため、地上管制チームは毎回の周回ごとに探査機の速度変化を注意深くモニタリングし、次の周回で大気圏に突入する近点の高度を微調整するコマンドを送信し続けるという、非常に緻密な運用が求められます。
類似の技術に「エアロキャプチャー(Aerocapture)」がありますが、これは惑星到着時に一度だけ大気圏に深く突入し、一気に目標軌道に入るもので、エアロブレーキよりも技術的な難易度がさらに高いとされています。