酒泉衛星発射センター (Jiuquan Satellite Launch Center)
概要
酒泉衛星発射センター(しゅせんえいせいはっしゃセンター、JSLC)は、中華人民共和国で最も古く、最も規模の大きいロケット発射場です。1958年に設立され、ゴビ砂漠の奥地、内モンゴル自治区アラシャン盟エジン旗に位置しています(名称の由来となった甘粛省酒泉市からは約200km離れています)。
当初はソ連の支援を受け、弾道ミサイルの実験場(第20基地、または東風基地)として建設されました。1970年には中国初の人工衛星「東方紅1号」を、そして2003年には中国初の有人宇宙船「神舟5号」を打ち上げました。現在、中国国内で唯一の有人宇宙船発射場であり、神舟ミッションの拠点となっています。
このエリアは単なる発射施設だけでなく、「東風航天城 (Dongfeng Aerospace City)」と呼ばれる一つの完成された都市(町)としての機能を持っています。
ゴビ砂漠の過酷な環境の中に、研究者、技術者、軍人、そしてその家族たちが生活するためのあらゆる設備が整えられた、計画的な複合都市です。その広大な敷地(約2,800平方キロメートル)には、最大で2万人が居住可能とされています。
「東風航天城」を構成する主な施設や設備を、その機能ごとに詳しく解説します。
1. 核心エリア(技術・発射施設)
宇宙開発ミッションの根幹をなすエリアです。
- 発射施設群 (Launch Complex):
- 有人宇宙発射場 (SLS-1 / 921工位): 中国の有人宇宙船「神舟」シリーズを打ち上げるための専用発射台です。垂直組立棟から発射台までロケットを立てたまま移動させるための専用軌道が敷設されています。
- 衛星発射場 (SLS-2 / 603工位など): 人工衛星やその他の科学探査機を打ち上げるための複数の発射台があります。
- 商業発射場:他国や企業のロケットの打ち上げを担っている場所
- 技術センター (Technical Center):
- 垂直組立試験棟 (VAB): ロケット「長征」シリーズの機体を垂直に組み立て、各種試験を行う巨大な建物です。
- 宇宙船組立試験棟: 「神舟」宇宙船や「天宮」宇宙ステーションモジュールなどのペイロード(搭載物)を組み立て、最終チェックを行うクリーンルームを備えた施設です。
- 発射管制センター (Launch Control Center):
- 発射カウントダウンの指揮を執り、ロケットの打ち上げを制御する中核施設です。
2. 生活・居住エリア(都市機能)
職員とその家族が日常生活を送るためのエリアで、まさに「町」としての側面が最も強く現れています。砂漠の中の「オアシス」とも呼ばれ、緑化(芝生や並木道)にも力が入れられています。
- 宇宙飛行士宿舎「問天閣 (Wentian Pavilion)」:
- 宇宙飛行士(Taikonauts)が打ち上げ前の最終準備期間を過ごす専用の宿舎兼訓練施設です。非常に高いセキュリティと衛生管理下におかれています。
- 住宅施設:
- 職員とその家族が暮らすためのアパート群や宿舎が完備されています。
- 教育施設:
- 職員の子供たちが通うための幼稚園、小中学校が設置されています。
- 医療施設:
- センターの職員や家族の健康を管理するための病院や診療所(クリニック)があります。
- 商業・サービス施設:
- スーパーマーケット、商店、銀行、郵便局、レストラン、パン屋、ホテルなどが揃っており、日常生活に必要なものは都市内部でほぼ調達可能です。
- ファーマーズマーケットや、若者に人気のミルクティースタンドなども存在し、閉鎖的な基地というよりも「普通の町」に近い生活感が醸し出されています。
- 娯楽・厚生施設:
- 映画館、体育館、スポーツ競技場、公園、図書館など、住民のためのレクリエーション施設も整備されています。
3. 支援・インフラ
この巨大な都市を砂漠の真ん中で維持するための生命線です。
- 交通インフラ:
- 専用空港: 軍用と物資・人員輸送用の空港(飛行場)を備えています。
- 専用鉄道・道路網: ロケットの巨大な部品を外部から搬入し、センター内の広大な施設間(特に組立棟から発射台)を輸送するための専用鉄道と高速道路が整備されています。
- 生命維持インフラ:
- 砂漠地帯で数万人の生活と高度な技術施設を支えるため、独自の発電所、浄水場、通信施設などが完備されています。
4. 教育・歴史エリア
中国の宇宙開発の歴史を伝える施設群です。
- 東風航天城 歴史展覧館:
- 中国の宇宙開発の歴史、ミサイル実験の時代から「東方紅1号」(中国初の人工衛星)、「神舟」計画に至るまでの資料や実物が展示されている博物館です。
- 東風革命烈士霊園:
- センターの建設や初期のミサイル・ロケット開発で殉職した科学者、技術者、兵士たちを祀る霊園です。
- 旧・東方紅衛星発射場:
- 1970年に中国初の人工衛星「東方紅1号」を打ち上げた歴史的な発射台が保存されており、愛国主義教育の拠点となっています。
このように、酒泉衛星発射センター(東風航天城)は、ミッションを遂行する「基地」であると同時に、そこで働く人々の生活を支える「都市」でもあるという、二重の性格を持つ複合施設となっています。
基本データ
- 正式名称: 酒泉衛星発射センター (Jiuquan Satellite Launch Center)
- 別名: 第20試験訓練基地 (Base 20), 東風航天城
- 場所: 中華人民共和国 内モンゴル自治区 アラシャン盟 エジン旗
- 座標 (有人発射場): 北緯40.9606度, 東経100.2981度 (おおよそ)
- 運用開始: 1958年
- 管轄: 中国人民解放軍戦略支援部隊
- 主な用途: 有人宇宙飛行 (神舟ミッション)、人工衛星打ち上げ (低軌道・中軌道)、弾道ミサイル実験
Google Map (航空写真)
歴史
- 1958年: ソビエト連邦の技術支援を受け、弾道ミサイル実験場「第20基地」として設立。
- 1960年: 国産燃料を使用したミサイル(ソ連製R-2のコピー)の発射実験に成功。
- 1966年: 中国初となる核ミサイル発射実験に成功。
- 1970年: 中国初の人工衛星「東方紅1号」をロケット「長征1号」で打ち上げ成功。
- 1975年: 中国初の帰還型(回収型)人工衛星の打ち上げに成功。
- 1999年: 後の有人ミッションに向けた初の無人宇宙船「神舟1号」の打ち上げに成功。
- 2003年: 中国初の有人宇宙船「神舟5号」を打ち上げ。楊利偉氏が中国初の宇宙飛行士となる。
- 2011年: 中国初の宇宙ステーション実験機「天宮1号」の打ち上げに成功。
- 2021年: 中国独自の宇宙ステーション「天宮」のコアモジュール「天和」への有人ミッション「神舟12号」を打ち上げ。