英語訳: Event Horizon
事象の地平線(じしょうのちへいせん)、またはイベント・ホライズンは、物理学、特に一般相対性理論において、情報が外部の観測者に到達できなくなる境界領域のことを指します。最も代表的な例はブラックホールの周囲に形成されるもので、この境界の内側で起こった出来事(事象)は、外側の我々が決して観測することができないため、このように呼ばれています。
地球の地平線がそれより向こう側を見通せないように、事象の地平線もまた、その内側の宇宙を我々から永遠に隠す境界線です。光さえも脱出できないほどの強力な重力が働くため、事象の地平線の内側は真っ黒な領域として観測されます。ひとたびこの境界を越えてしまうと、いかなる物体も、光でさえも、二度と外の世界に戻ることはできません。
この境界の大きさは、ブラックホールの質量によって決まります。質量が大きいほど、事象の地平線も大きくなります。2019年にイベント・ホライズン・テレスコープによって史上初めて撮影された超大質量ブラックホールM87*の中心にある暗い領域は、「ブラックホールシャドウ」と呼ばれ、この事象の地平線の存在を視覚的に捉えたものとして知られています。
【もっと詳しく】
事象の地平線は、時空の因果構造が極端に歪められた結果として生じる境界面です。最も単純な、回転していない球対称のブラックホール(シュヴァルツシルト・ブラックホール)において、事象の地平線の大きさはシュヴァルツシルト半径 (rs) によって定義されます。この半径は、ブラックホールの質量 (M) に比例し、以下の数式で与えられます。

ここで、G は万有引力定数、c は光速です。この半径よりも内側の領域では、脱出速度が光速を超えてしまいます。物理的に光速を超えることは不可能であるため、この領域からは何ものも脱出できなくなります。
事象の地平線の内側では、時空の性質が劇的に変化します。外部の観測者にとっては空間的な方向である「中心に向かう」という方向が、内部に入った物体にとっては時間的な方向、つまり「未来」そのものになります。そのため、内部に入った物体は、自らの時間が進むにつれて必然的に中心の特異点に向かって引き寄せられ、そこから逃れることは運命的に不可能です。
また、外部の観測者から見ると、事象の地平線に近づく物体の時間はどんどん遅れているように見え(重力による時間の遅れ)、物体から放たれた光も波長が引き伸ばされて赤方偏移します。そして、物体が事象の地平線に到達する瞬間を、外部の観測者が観測することは永遠にありません。物体は地平線に限りなく近づきながら、どんどん暗く、赤くなって見えなくなっていくように観測されます。
事象の地平線はブラックホールだけでなく、加速する観測者や膨張する宇宙においても定義することができます。これらはそれぞれ、観測者が情報を得られる領域の限界を示すものとなります。