アナログ宇宙飛行士(Analog Astronaut)
アナログ宇宙飛行士とは、将来の宇宙探査ミッション(例えば月や火星への長期滞在)を想定し、地球上にある極限環境や閉鎖施設で、宇宙での生活やミッションを模擬(シミュレーション)して活動する人々のことを指します。
「アナログ(Analog)」とは「類似物」や「模擬」を意味します。彼らはJAXAやNASAなどが選抜した正規の宇宙飛行士(Astronaut)や宇宙飛行士候補生(Astronaut Candidate)とは異なり、実際に宇宙へ行くわけではありません。しかし、彼らが地上で行う模擬ミッション(アナログミッション)は、未来の宇宙探査における課題を洗い出し、技術を実証し、人間の心身への影響を研究するために不可欠な役割を果たしています。
活動場所は、宇宙環境に何らかの点で「類似」した場所が選ばれます。例えば、火星の地質に似たアメリカ・ユタ州の砂漠、月や火星の基地を模した隔離居住施設、あるいは無重力状態での船外活動(EVA)訓練に似た水中実験施設(海底基地)などがあります。
【もっと詳しく】
アナログ宇宙飛行士が参加する「アナログミッション」は、その目的や環境の忠実度(フィデリティ)に応じて多岐にわたります。これらのミッションの最大の利点は、実際の宇宙ミッションに比べてはるかに低コストかつ安全に、さまざまな実験や訓練を行える点にあります。
代表的なアナログミッションには以下のようなものがあります。
- 隔離・閉鎖環境ミッション:
- HI-SEAS (Hawaii Space Exploration Analog and Simulation): アメリカ・ハワイの火山(マウナ・ロア)の斜面に設置されたドーム型施設で、クルーが数ヶ月から1年といった長期間、隔離生活を送ります。主な研究目的は、長期の閉鎖環境がクルーの心理状態、ストレス、チームの結束力に与える影響(ヒューマンファクター)の解明です。
- SIRIUS (Scientific International Research In Unique terrestrial Station): ロシア(IBMP)が主導し、NASAなども参加する国際共同プロジェクト。モスクワ近郊の地上施設NEKで、月周回軌道や月面基地を想定した数週間から数ヶ月の隔離実験が行われます。
- 極限環境・船外活動(EVA)模擬ミッション:
- NEEMO (NASA Extreme Environment Mission Operations): NASAがフロリダ沖の海底研究室「アクエリアス」で行うミッション。水中では浮力が重力を相殺するため、月や火星の低重力下での船外活動(EVA)のシミュレーションに適しています。新しいEVA手順の検証や、通信遅延を想定した運用訓練が行われます。
- MDRS (Mars Desert Research Station): 火星協会(Mars Society)が運営するユタ州の砂漠にある施設。火星の地質学的・生物学的な模擬探査を目的とし、クルーは模擬宇宙服を着用しての野外活動を行います。
これらのミッションで得られるデータ(医学的データ、心理評価、機器の操作性、タスクの効率など)は、アルテミス計画による月面探査や、将来の火星有人探査の設計・計画に直接フィードバックされています。
