降着円盤 (Accretion Disk)
降着円盤とは、ブラックホールや生まれたばかりの星など、重力が非常に強い天体の周りに、ガスや塵などが渦を巻きながら引き寄せられて形成される円盤状の構造のことです。
身近な例で言えば、お風呂の栓を抜いた時に水が渦を巻いて吸い込まれていく様子に似ています。宇宙空間のガスや塵も、中心にある天体の強大な重力に引かれると、まっすぐ落下するのではなく、角運動量(回転の勢い)を保とうとするため、渦を巻きながら徐々に中心へと落ちていきます。
この円盤の中では、ガスや塵の粒子が互いに高速でこすれ合うことで摩擦熱が発生し、非常に高温になります。その温度は数百万度から数億度に達することもあり、強力なX線などの電磁波を放射します。ブラックホール自体は光さえも脱出できないため直接見ることはできませんが、この降着円盤が放つ光を観測することで、間接的にブラックホールの存在やその性質を知ることができます。
また、若い星の周りにできる降着円盤は「原始惑星系円盤」とも呼ばれ、この円盤の中で塵やガスが集まって惑星が誕生すると考えられています。
【もっと詳しく】
降着円盤の物理を理解する上で重要な概念は角運動量の輸送です。円盤内の物質が中心天体に向かって落下するためには、その物質が持つ角運動量を何らかの方法で失う(あるいは円盤の外側へ輸送する)必要があります。この角運動量輸送のメカニズムとして、主に粘性と磁場が考えられています。
初期のモデルでは、円盤内のガスが持つ粘性(流体の粘り気)による摩擦が角運動量を外側へ輸送し、物質が内側へ落下すると考えられていました(標準円盤モデル)。しかし、ガスの分子粘性だけでは、観測される現象を説明するには不十分であることがわかってきました。
そこで現在、最も有力なメカニズムと考えられているのが、磁気回転不安定性 (Magneto-Rotational Instability, MRI) です。これは、円盤内にわずかでも磁場が存在すると、円盤の差動回転(内側ほど速く回転すること)によって磁場が引き伸ばされ、その結果生じる磁気的な力が乱流を発生させるというものです。この乱流が実効的な粘性として働き、効率的に角運動量を輸送することで、物質の降着が促進されると考えられています。
また、降着円盤からは、円盤に垂直な方向に高速のガスの噴流が放出されることがあり、これは天体ジェットと呼ばれます。このジェットの駆動メカニズムにも、降着円盤内の磁場が深く関わっていると考えられています。円盤を貫く磁力線がガスの回転によってねじり上げられ、その張力によって物質が加速・噴出されるというモデル(ブランドフォード・ペイン機構など)が提唱されています。
このように、降着円盤は単なる物質の集まりではなく、電磁流体力学的なプロセスが支配する、非常にダイナミックで複雑な天体現象なのです。