近年、世界的に「ニュースペース(New Space)」と呼ばれる民間主導の宇宙開発が加速しています。その中で、韓国から新たなプレイヤーとして急速に存在感を高めているのが、宇宙開発企業「INNOSPACE(イノスペース)」です。
独自のハイブリッドロケット技術を武器に、2023年の試験打ち上げ成功、そしてKOSDAQ上場と、着実な歩みを進める同社。この記事では、INNOSPACEの核心技術、主要なマイルストーン、そして今後の展望について詳しく解説します。
INNOSPACEとは? 韓国ニュースペースの旗手
INNOSPACEは、2017年に設立された韓国の民間宇宙企業です。小型衛星打ち上げサービス市場をターゲットに、「ハイブリッドロケット技術で宇宙モビリティの革新を主導する」ことをビジョンに掲げています。
本社は韓国の世宗特別自治市にあり、自社のロケット試験施設も保有しています。
2024年7月には韓国のKOSDAQ市場への上場を果たすなど、韓国政府が新たに設立した「宇宙航空庁(KASA)」と共に、同国の宇宙産業を牽引する中核企業として大きな期待を集めています。
INNOSPACEの核心技術:「ハイブリッドロケット」の優位性
INNOSPACEの最大の強みは、その名が示す通り「革新的な」ロケット推進技術にあります。同社は、従来の液体燃料ロケットや固体燃料ロケットとは異なる「ハイブリッドロケット」技術を採用しています。
ハイブリッドロケットの仕組み
- 酸化剤: 液体酸素(LOx)を使用します(液体ロケットと共通)。
- 燃料: パラフィン(ろうそくの原料)をベースにした独自の固体燃料を使用します(固体ロケットに似ています)。
この2つを組みわせることで、両者の「良いとこ取り」を目指しています。
INNOSPACEが主張するメリット
- 高い安全性と取り扱い易さ: 燃料(固体)と酸化剤(液体)が別々に保管されているため、構造的に爆発のリスクが極めて低いのが特徴です。これにより、取り扱いや管理が容易になります。
- 低コスト: 従来の液体ロケットが複雑なターボポンプや配管を必要とするのに対し、ハイブリッドロケットは構造をシンプルにできます。また、燃料のパラフィンも安価であるため、製造コストと運用コストを大幅に削減できます。
- 推力制御が可能: 液体ロケットのように酸化剤の供給量をバルブで調整できるため、推力の制御やエンジンの緊急停止、再着火が可能です。これは、推進剤を一度点火すると燃え尽きるまで制御できない固体ロケットに対する大きな利点です。
- 環境負荷の低減: 無毒性の推進機関を使用しており、環境への影響が少ないとされています。

主要マイルストーン:HANBIT-TLV 試験打ち上げ成功
INNOSPACEは、このハイブリッド技術を実証するため、2023年3月に歴史的な一歩を踏み出しました。
試験発射体「HANBIT-TLV」が、ブラジルのアルカンタラ宇宙センターから打ち上げられ、飛行に成功しました。
この試験機には、同社の商業ロケット「HANBIT-Nano」の第1段に使用される、推力15トン(150kN)級のハイブリッドエンジンが搭載されました。打ち上げでは、エンジンが約106秒間安定して燃焼し、飛行状況下での性能を実証。INNOSPACEは、これにより商業打ち上げサービスに必要なエンジン技術を確保したと発表しました。
グローバルな射場と国内試験拠点
INNOSPACEは、ロケットの開発と打ち上げを効率的に進めるため、国内外に戦略的な拠点を確保しています。
打ち上げ射場:アルカンタラ宇宙センター(ブラジル)
INNOSPACEが試験打ち上げ(HANBIT-TLV)に成功した場所は、ブラジル空軍が運用する「アルカンタラ宇宙センター(Alcântara Space Center)」です。
赤道直下に位置するこの射場は、地球の自転を最大限に利用できるため、特に太陽同期軌道(SSO)への衛星投入において、より少ない燃料で効率的な打ち上げが可能になるという地理的優位性を持っています。INNOSPACEは、この射場を活用することで、グローバルな顧客に対して競争力のある打ち上げサービスを提供しています。
国内開発・試験拠点:高興総合試験場(韓国)
開発の心臓部として、INNOSPACEは韓国国内(高興郡)に独自の「高興総合試験場(Goheung Comprehensive Test Site)」を保有・運用しています。
この施設は、同社のハイブリッドロケットエンジンの開発・認証において不可欠な役割を担っています。実際に、商業ロケット「HANBIT-Nano」の第1段エンジンの最終認証試験もこの場所で成功させており、開発から検証までのサイクルを迅速に行うための重要拠点となっています。
商業打ち上げへ:「HANBIT」ロケットラインナップ
HANBIT-TLVの成功を受け、INNOSPACEは商業打ち上げサービス用のロケットラインナップ「HANBIT(ハンピッ)」シリーズの開発を本格化させています。
- HANBIT-Nano: 高度500kmの太陽同期軌道(SSO)に、最大50kgの小型衛星(キューブサットなど)を投入できる2段式の主力ロケット。
- HANBIT-Micro: 150kg級のペイロードに対応。
- HANBIT-Mini: 500kg級のペイロードに対応。
特に「HANBIT-Nano」は商業化に向けた最終段階に入っており、最近では以下の重要な進展がありました。
- 韓国初の民間発射許可を取得: 韓国の宇宙航空庁(KASA)から、民間企業として国内初となる宇宙発射体の発射許可を取得しました。
- 第1段エンジンの認証試験に成功: 自社の試験施設において、商業打ち上げに向けた第1段エンジンの最終認証試験を完了しました。
グローバルな事業展開と将来性
INNOSPACEは設立当初からグローバル市場を視野に入れており、すでに具体的な成果も出始めています。
- 日本市場への進出: 日本の宇宙商社であるSpace BD株式会社と販売代理店契約を締結し、日本の小型衛星事業者に「HANBIT」ロケットによる打ち上げサービスを提供しています。
- 海外顧客の獲得: ドイツの衛星通信社「ミディア・ブロードキャスト・サテライト」と、580万ドル(約8億円強)規模の多重打ち上げサービス契約を締結したことを発表しています。
韓国政府による宇宙開発の強力な後押し(KASA設立や超小型衛星開発計画)を追い風に、INNOSPACEは「安全・低コスト・迅速」なハイブリッドロケットを武器に、競争が激化する小型衛星打ち上げ市場で、アジアを代表するニュースペース企業となることを目指しています。
