国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中のJAXA宇宙飛行士、大西卓哉さんが軌道上から記者会見を行いました。地上約400km上空を飛行するISSで、第73次長期滞在クルーの船長を務める大西さん。2回目の宇宙飛行での身体適応の速さ、ISS船長としての重責、きぼうでの最先端実験の成果、そして未来の宇宙開発を担う子どもたちへの熱いメッセージなど、多岐にわたるテーマについて語られました。
ISS滞在3ヶ月を振り返る:進化する宇宙飛行士の視点
大西宇宙飛行士は、今回で2回目となるISS長期滞在について、この3ヶ月間を振り返りました。約10年ぶりの無重力状態にもかかわらず、まるで体の細胞一つ一つが感覚を覚えていたかのように、身体の適応が非常に早かったと述べています。自転車に数年乗らなくてもすぐに乗れるようになるのと同様に、無重力の感覚が自身の身体に残っていたと強く感じたそうです。
滞在当初は、4月下旬に到着した補給船「ドラゴン」からの物資搬入や新たな実験装置の導入、そして5月初旬に行われた仲間による船外活動など、業務が非常に立て込むピークの時期をチームで協力して乗り越えたとのこと。現在は少し業務が落ち着いたものの、来週以降には米国のAxiom Space社による民間宇宙飛行士4名のミッションが予定されており、ISSのクルーは6カ国11人体制になる見込みです。
特に印象的なのは、1回目の滞在と比較して自身の「進化」を実感している点です。前回滞在後、地上でフライトディレクターの業務を経験したことが活かされ、より大きな視野で全体を捉えられるようになったと語っています。例えば、問題が発生した際に地上のチームがどのように考え、次にどう動くかを予測できるようになり、それを見越して軌道上で先んじて行動できるようになったとのことです。
今回の長期滞在のテーマとして「希望にできる全部を」を掲げている大西さんですが、最終的なゴールが見えてきた今は「自分にできる全部」という意識で日々を過ごしているそうです。また、今回初めて宇宙飛行を経験する4人の「ルーキー」がいる中で、先輩として彼らを育成し、次の世代の宇宙飛行士へと知見を繋いでいく意識を持って業務に臨んでいると語りました。
船長としての新たな責任と期待
今回、ISS船長という大役を担っている大西宇宙飛行士。この任命は、彼自身のこれまでの実績だけでなく、日本の宇宙開発が国際協力の中で認められてきた結果であると謙虚に捉え、引き続き責任を果たすことで日本の宇宙開発の未来に繋げていきたいと考えているそうです。
船長として、異なる国籍のメンバーを率いて仕事を進めることは初めての経験であり、日々が大きな挑戦だと感じている一方で、大きなやりがいも感じているとのことです。
「きぼう」での最先端宇宙実験:微小重力環境が拓く可能性
ISS日本実験棟「きぼう」での実験環境は、大西宇宙飛行士にとって大きな期待の対象でした。これまで取り組んできた実験の中で、特に手応えを感じたのは「セルグラビセンシング」という、細胞がどのように重力を検知しているかを調べる実験です。
この実験は、通常の宇宙実験と異なり約1週間という超短期ミッションであり、細胞の鮮度を保つために時間的制約が非常に厳しかったといいます。人工重力装置から無重力状態に移された細胞を、可能な限り短時間で顕微鏡観察する必要があり、大西さんの軌道上での「腕の見せ所」であると同時に、地上の管制チームとの緊密な連携が不可欠だったそうです。研究者が求める結果を出すことができたことに対し、現場の一員として、また地上チームの一員としても大きなやりがいを感じたと述べています。
国際宇宙ステーションにおける微小重力環境の意義についても改めて言及されました。マイクが空中を漂い、体が自由に浮くといった微小重力環境は、地球上では24時間365日継続して存在することはありません。ISSのような地球低軌道の実験施設でしか実現できないこの特殊な環境を利用することで、重力によって隠されていた現象の観測や、地球上では難しい実験が可能になります。
これらの実験成果は、地上の人々の暮らしに還元されるだけでなく、将来的には月や火星探査ミッションに繋がる新しい技術実証の場としても非常に意義深いと大西さんは強調しました。
2030年、ISS退役後へ:「きぼう」が繋ぐ宇宙の未来
ISSは2030年に退役する予定ですが、大西宇宙飛行士はそれまでの残り5年間、日本実験棟「きぼう」を最大限に活用し続けることが極めて重要だと考えています。その理由は、そこで得られた知見が、その後の商業・民間宇宙ステーションでの宇宙実験や宇宙利用へと直接生かされるからです。
現在「きぼう」では、静電浮遊実験や小動物実験のプラットフォーム化が進められており、これらは2030年まで継続される見込みです。また、今年後半には二酸化炭素除去技術実証装置(DRCS)が「きぼう」に運ばれてくる予定で、これは将来の宇宙探査に活用されることが期待されています。大西さんは、地上への還元だけでなく、人類の将来の宇宙探査に繋がる日本の研究を、JAXAとして今後も「きぼう」で継続していく所存であると述べ、引き続きの応援を呼びかけました。
困難への挑戦が成長を促す:未来の宇宙飛行士へ
記者会見では、将来宇宙飛行士を目指す子どもたちへのメッセージも送られました。大西さんは自身の経験を振り返り、人間が成長できる機会は、好きなことや得意なことをやっている時よりも、むしろ苦手なことや大変だと感じることを頑張った時だと語りました。
人類もまた、昔からより困難なことに挑戦することで成長してきた生き物であると述べ、月面探査、そして火星への挑戦という遠く大きな目標は、非常に素晴らしいことだと評価しました。特に火星への到達は、現在この会見を見ている小さな子どもたちの世代が達成する目標になるとし、自身たちの世代の夢を引き継ぎ、宇宙開発の場で頑張ってほしいと次世代にエールを送りました。
宇宙飛行士の「相棒」たち:心の支えとなる存在
今回のミッションで、大西さんの傍らにはロボット「イントボール2」の姿がありました。大西さんはイントボール2を「相棒」や「ペット」のような存在だと表現し、宇宙飛行士の目となって地上の人々に軌道上の様子を伝える役割だけでなく、精神的なサポートの面でも大きな意味があると初めて感じたそうです。今後、イントボール2自身で様々な作業ができるようになることにも期待を寄せており、直接的な仕事の役に立つだけでなく、精神的なプラスの役割をロボットが宇宙で担っていく可能性があると語りました。

また、来月以降には同期の油井亀美也宇宙飛行士がISSに合流することについても触れました。残念ながら、共に過ごす期間は数日間と短い見込みですが、大西さんはこれまで「きぼう」で培った知見を油井さんにしっかり引き継ぐことで、彼がより良い仕事ができるように期待していると述べています。自身の滞在中にスケジュール等の関係で実施できなかった実験も、油井さんが引き継いでくれることで安心できると語り、二人の日本人宇宙飛行士が同時に宇宙に滞在する貴重な機会を活かして、SNSでの楽しい企画も検討しているとのことです。
宇宙を身近に:SNSを通じた情報発信の重要性
大西宇宙飛行士は、滞在中の様子を積極的にSNSで発信している理由についても説明しました。宇宙開発は難しい、大変なイメージを持たれがちであるため、宇宙飛行士の人間らしい生活感や、身近に感じられる情報を分かりやすく伝えることを心がけているそうです。
自身が伝えたいのは、行っている実験の意義や未来にどう繋がるかといった専門的な話だが、それだけでは多くの人に興味を持ってもらうことは難しいと感じているとのこと。そのため、楽しい要素を織り交ぜながら、宇宙の世界を多くの人々に紹介していきたいという気持ちで、情報発信を続けていくと述べました。ぜひSNSのフォローをお願いしたいと呼びかけ、会見を締めくくりました。
大西宇宙飛行士は、残り数ヶ月のISS滞在期間も全力で職務に励み、船長としてクルーを率いていくと決意を表明しました。彼の挑戦と、そこから生まれる貴重な知見が、未来の宇宙開発へと確実に繋がっていくことでしょう。引き続き、大西宇宙飛行士と日本の宇宙開発への応援が期待されます。