宇宙服はなぜ白いか?
宇宙飛行士と聞いて、私たちが真っ先に思い浮かべるのは、恐らく「真っ白でゴツゴツした宇宙服」の姿ではないでしょうか。

しかし、ふと疑問に思いませんか? なぜ、あの宇宙服は「白」なのでしょうか。
「太陽の光を反射するため?」——もちろん、それは大きな理由の一つです。しかし、それだけでは、あの過酷な宇宙空間で生命を守るための「白」の秘密を説明しきれません。
こんにちは。私は以前、宇宙開発関連の展示企画に携わり、JAXAの元職員の方や研究者の方々と仕事をする機会に恵まれました。その際、宇宙服の精巧なレプリカに触れ、その機能美と「白」に込められた深い意味について、専門的な知見を伺うことができました。
この記事では、その時の経験も交えながら、「なぜ宇宙服は白いのか」という疑問に対し、単なる知識を超えた「なるほど!」をお届けします。
この記事を読み終える頃には、あなたが宇宙飛行士を見る目が少し変わり、宇宙服の「白」が、人類の英知と技術の結晶であると実感できるはずです。
宇宙服が「白い」最大の理由:過酷な熱環境を制する「光の反射」
まず、最も有名で、そして最も重要な理由から解説します。それは「強烈な太陽エネルギーから宇宙飛行士を守るため」です。
灼熱と極寒のコントラスト「宇宙空間」の現実
私たちが想像する「宇宙」は、ただ暗くて寒い場所かもしれません。しかし、国際宇宙ステーション(ISS)などが周回する地球低軌道は、想像を絶する熱環境にあります。
- 太陽が当たる場所: 大気に守られていないため、太陽光が直撃し、船外活動服(EMU)の表面温度は120°C以上にも達します。
- 太陽が当たらない場所(影): 逆に、太陽光が遮られると、熱を伝える空気がないため、表面温度はマイナス150°C以下にまで急降下します。

ISSは、約90分で地球を一周します。つまり宇宙飛行士は、この「灼熱」と「極寒」の環境変化に、90分サイクルで晒され続けるのです。
なぜ白は「最強」の断熱材になるのか?
ここで「白」の出番です。
理科の授業で習ったように、白い色は光(電磁波)を最もよく反射し、黒い色は最もよく吸収します。
もし宇宙服が黒かったら、太陽光を吸収しすぎて内部は灼熱地獄になります。逆に、鏡のように反射しすぎる素材(例えば銀色)も、特定方向への反射が強すぎたり、宇宙飛行士自身の熱(体温)まで宇宙空間に逃がしてしまったり(熱放射)と、制御が難しくなります。
「白」は、太陽光のエネルギー(熱)を効率よく反射して内部の温度上昇を防ぎつつ、宇宙服内部の熱(体温)を適度に保つ(放射する)という、熱制御において最もバランスの取れた色なのです。
白でなければならなかった「3つの科学的根拠」
「熱制御」が最大の理由であることは間違いありません。しかし、宇宙服が白いのには、他にも明確な理由が存在します。
理由1:熱制御(太陽放射の反射)
前述の通り、これは最大の理由です。太陽光(可視光線や赤外線などの電磁波)を効率よく反射し、宇宙服内部の温度上昇を防ぎます。
理由2:視認性(暗黒の宇宙で「見つけやすく」する)
宇宙空間は、基本的に「漆黒の闇」です。太陽が当たっている地球や月、宇宙船は明るく見えますが、それ以外は深い闇に包まれています。
- 背景が「黒」である宇宙空間において、「白」は最も目立つ色(=視認性が高い色)です。
万が一、宇宙飛行士が宇宙船から離れてしまい、宇宙空間に漂流するような緊急事態(フィクション映画でよく描かれますね)が発生した場合、白はレスキューの際の重要な「目印」となります。
理由3:耐久性(紫外線や放射線による劣化防止)
大気圏外では、地上とは比べ物にならないほど強力な紫外線や宇宙放射線が降り注いでいます。
もし宇宙服の素材がこれらのエネルギーを吸収しやすい色(例えば濃い色)だと、素材そのものの化学結合が破壊され、急速に劣化(もろくなる、変色する)してしまいます。
白い素材(厳密には、白く見えるようにコーティングされた素材)は、これらの有害な光線や放射線を反射することで、素材の劣化を防ぎ、宇宙服の耐久性を高める役割も担っているのです。
【歴史的経緯】初期の宇宙服が「銀色」だった理由
現代の宇宙服が白い一方で、宇宙開発の初期、マーキュリー計画などで宇宙に行った飛行士が着用していたのは、銀色の宇宙服でした。
なぜ初期は銀色だったのか?
初期の宇宙服も、現代の白い宇宙服と同じく「熱対策」が最大の目的でした。
- 鏡面反射による熱の遮断: 銀色の素材は、光を鏡のように反射します。これは、太陽からの熱だけでなく、宇宙船内部の熱や、宇宙飛行士自身の体温が外部に逃げすぎないようにする目的もありました。
- 素材の制約: 当時、現在のように多層構造で高性能な白色素材を開発・実用化する技術がまだ確立されていませんでした。そのため、光の反射率が高く、比較的軽量で加工しやすいアルミニウムを蒸着させた素材が採用されたのです。

銀色から白色への移行:技術と経験の進化
しかし、実際に宇宙空間で運用される中で、銀色の宇宙服にはいくつかの課題が見つかりました。
- 眩しさ: 鏡面反射は光を効率よく跳ね返しますが、反射の方向によっては、宇宙船の窓やカメラに強い光を返し、眩しさを引き起こすことがありました。
- 熱制御の限界: 全方向への均一な熱制御という点では、銀色の完全な鏡面反射よりも、白色の素材が持つ拡散反射の特性の方が優れていることが判明しました。白色は様々な方向に光を散らすため、全体的な熱のバランスを保ちやすいのです。
- 素材技術の進歩: その後、多層構造の白色素材の開発が進み、より安定して効率的な熱制御が可能になったことで、宇宙服の色は「白」へと移行していきました。
このように、宇宙服の色の変遷は、宇宙開発の歴史における「試行錯誤」と「技術の進歩」を象徴していると言えるでしょう。
【体験談】展示会で見た宇宙服(レプリカ)の意外な質感
私が以前、展示会で宇宙服のレプリカ(JAXAの船外活動服)に触れた際、最も驚いたのはその「質感」でした。
ただの布じゃない!14層にも及ぶ「多層断熱材(MLI)」
テレビで見ると「真っ白で滑らかな素材」に見えますが、実際は非常にゴワゴワとしており、強靭な繊維で織られた「布」というより「防具」に近い感触でした。
それもそのはず、宇宙服(船外活動服)は、実は14層以上もの異なる素材で構成されています。
宇宙服の主な構造(例)
- 液体冷却・換気層(内側): 宇宙飛行士の肌に直接触れ、体温を奪う。
- 与圧・気密保持層: 内部の圧力を保つ。
- 断熱・耐微小隕石層(外側): ここに「白」が使われる。
この一番外側の層は「Teflon(テフロン)」や「Kevlar(ケブラー)」など、非常に強靭で耐熱性・耐摩耗性に優れた素材でできており、微小な宇宙ゴミ(デブリ)の衝突からも身を守る役割があります。
元JAXA職員が語った「白」の重要性
その時、解説してくださった元JAXA職員の方が、こう話していました。
「宇宙服の白は、単なる色ではなく『機能』そのものです。もし白以外の色にする場合、熱制御、視認性、耐久性のすべてにおいて、白を超える性能を証明しなければならない。今のところ、その必要性も、白を超える万能な色も見つかっていません。」
まさに「白」は、宇宙という極限環境で選ばれ、研ぎ澄まされた「機能美の結晶」なのだと実感した瞬間でした。
よくある疑問:「オレンジ色の宇宙服」との違いは?
「でも、宇宙飛行士ってオレンジ色の服も着ていない?」
その通りです。野口聡一さんや星出彰彦さんたちが、宇宙船の乗り降りの際に着ているあの鮮やかなオレンジ色の服ですね。

あれも「宇宙服」ですが、白い宇宙服とは目的と機能が全く異なります。
| 比較項目 | 白い宇宙服(船外活動服:EMU) | オレンジ色の宇宙服(船内与圧服:ACES) |
| 主な用途 | 宇宙船の外(宇宙空間)での作業 | 打ち上げ・帰還時の船内 |
| 最大の敵 | 宇宙空間の熱、真空、デブリ | 緊急事態(船内の減圧、火災) |
| なぜその色? | 熱制御と視認性(黒い宇宙での) | 海や地上での視認性 |
| 機能 | 「小さな宇宙船」と呼ばれるほど高度(約10億円) | 緊急時の生命維持(数時間〜数日) |
白は「船外」用、オレンジは「船内・緊急時」用
白い宇宙服は、宇宙空間という「真空・極寒・灼熱」の環境で、数時間にわたる船外活動(作業)を行うための服です。まさに「着る宇宙船」です。
一方、オレンジ色の服(与圧服)は、主に打ち上げと地球への帰還の際に着用されます。万が一、宇宙船が地球に帰還する際、陸地ではなく海上に不時着した場合を想定しています。
なぜオレンジ?「海上で目立つ」ための選択
もうお分かりですね。
オレンジ色は、「海の色(青)」の補色(反対色)に近く、上空から捜索するヘリコプターや飛行機から最も発見されやすい色だからです。
白い宇宙服が「黒い宇宙」で目立つためであったのに対し、オレンジの宇宙服は「青い海」で目立つために選ばれた色なのです。
宇宙服の「白」は、命を守る機能美の結晶
宇宙服の色には機能的な意味合いがある事が分かった方と思います。まとめると以下のようになります。
- 宇宙服が白い最大の理由は「熱制御」
- 太陽光が直撃すると120°C、影では-150°Cにもなる過酷な環境で、光を反射し内部の温度を一定に保つため。
- 白である「3つの科学的根拠」
- 熱制御: 太陽エネルギーを最も効率よく反射する。
- 視認性: 漆黒の宇宙空間で最も目立ち、万が一の救助に役立つ。
- 耐久性: 強い紫外線や放射線を反射し、素材の劣化を防ぐ。
- オレンジ色の服との違い
- 白(船外用): 宇宙空間での作業用。
- オレンジ(船内用): 打ち上げ・帰還時用。特に「海上」での捜索・救助のために目立つ色を採用している。
宇宙服の「白」は、決してデザインやファッションで選ばれた色ではなく、宇宙飛行士の命を守るために、科学的根拠に基づいて選び抜かれた「機能色」です。
次に宇宙飛行士の姿を見る機会があれば、ぜひその「白」に込められた人類の英知と技術に思いを馳せてみてください。
宇宙服の機能美や、宇宙開発の奥深さにもっと触れてみたいと思いませんか?
最近はJAXAやNASAの公式サイトでも、宇宙服に関する詳細な資料や美しい写真が公開されています。また、全国の科学館でも、宇宙服のレプリカが展示されていることがあります。ぜひ、その「本物」の質感や機能性を確かめてみてください。